2018年12月29日土曜日

トリプルアクセル成功の23歳細田に大絶賛 フィギュアに新世界の可能性

 初優勝を遂げた坂本花織をはじめ上位4人が220点を超えるというハイレベルの戦いになった2018フィギュアスケート日本選手権の女子。フリーでトリプルアクセルを2度成功させた紀平梨花ら、ミスが少ない熱い戦いは結構、迫力があったが、最も引きつけられたのは、23歳の細田采花(関大)がトリプルアクセル(3A=3回転半ジャンプ)を2度決め、自己ベストの合計185・74点をマークしたことだった。

 彼女はショートでも決めており、計3度成功させた。これは浅田真央、紀平に次いで世界で3人目。おまけにフリーの最初の3Aはダブルトゥループがついたコンビネーションジャンプになっていた。17年2月に初成功という遅咲きの技。このことは4回転ジャンプを決めるロシア勢のように、体が子供で少女ですらない選手の世界になっていた女子フィギュアに、新たな方向性を示すものではないのか。

女性らしい体つき


 細田はこの日のフリーの演技が終わると、歓喜のあまり両手で顔を覆った。「嬉しいのひと言。このためにやってきた。自分が一番ビックリしている。いいクリスマスを迎えられる」と語ったという。小学校3年生からスケートを始め、高校1年から宮原知子や紀平も指導していに浜田美栄コーチに師事。2016年全日本選手権15位になったぐらいで大きな実績もない。身長は155センチ。均整の取れた体つきで、それなりにバストもある女性らしい体つきだ。宮原や紀平がようやく子供から少女の体つきになったのに比べ、とても大人の選手だ。

ロシア勢登場で短命の世界に


 今の女子のフィギュアは浅田、金妍児時代を経て若いロシア勢が登場してきたことで大きく変わってきた。15、6歳でジュニアからシニアにあがり、1、2年活躍した後、18歳になると消えてしまう。18年平昌五輪の覇者ザギトワは,シニアに上がった最初のシーズンに五輪金メダル。わずか10カ月後のグランプリファイナルで紀平に敗れ、ロシア選手権では5位に沈んだ。おそらく彼女が国際舞台で活躍することは厳しいだろう。五輪から身長が7センチも伸び,バランスが悪くなったらしい。ザギトワの前の世界選手権覇者メドベージェワは五輪2位の後は、グランプリファイナルにも出場できず,ロシア選手権も7位に惨敗した。

4回転軽々ジュニア勢、子供の体


 2014年ソチ五輪を振り返ってみると、金妍児を破って優勝したアデリナ・ソトニコワ、5位に入ったユリア・リプニツカヤ、いずれも翌シーズン以降、表舞台から消えてしまった。リプニツカヤは五輪当時15歳だった。ロシアで20歳を過ぎたトップクラスの選手は、トリプルアクセルを跳ぶ22歳のエリザベータ・トゥクタミシェワぐらいしかいない。

 ロシアはザギトワ、メドベージェワに代わるジュニア勢がすでに台頭している。ロシア選手権の上位4選手はいずれもジュニア。うち2人は男子並みに4回転ジャンプをぴょんぴょん飛ぶ。体つきは小学生と変わらない。来年の世界選手権は年齢的に出場資格はないらしいが、再来年にはザギトワらに取って代わるのは間違いない。過去の五輪選手がそうだったように。

20歳過ぎてもあらたな技の可能性


 しかしこんな世界は異常だ。15,16歳でトップとなり、2年で引退なんて。誰が考えても早すぎる。女性の体になる前でしか活躍できないなんて、競技としてあり得ない。そこで細田だ。彼女は22歳でトリプルアクセルを飛んだ。つまり、20歳を過ぎても、トップの技ができる可能性があることを示したのだ。彼女はステップやスピンさらには他の3回転ジャンプで高い点が取れるほど一流選手ではない。

 だが、坂本、紀平、宮原、さらには不調で15位に沈んだ本田真凜、彼女らが20歳を過ぎてスランプに陥っても、まだまだ復活できる可能性があるといえるのだ。

海外からも注目


 全日本の話題はもちろん坂本、紀平、宮原の世界選手権派遣が決まった上位3人が中心。だが、3Aの細田の活躍は8位にもかかわらず大きく賞賛され、米国の記者がツイッターで言及するなど、国際的な注目も集めている。おそらく「子供」「少女」ではなく「女性」の美しさが評価される-そんな希望を見いだしたに違いない。「女性」スケーターが3Aや4回転ジャンプで競う世界。まさに本当のフィギュアの世界になることを。

2018年12月28日金曜日

痛いよ、虫歯の治療 キーンと全身貫く

 歯の治療ってどうしてあんなに痛いんだろう。キーンと全身を貫くような激痛が走る。両手ともこれ以上ないぐらい強く握って耐えるしかない。足も思いっきり突っ張り、額には脂汗だ。歯の治療で痛いと言ったら「最近はそんなことはないだろう」と訝しむ反応も多い。でも痛いのだ。我慢が足りないわけでなく、本当に痛いのだ。知らないヤツに経験させてやりたいわ、あの痛み、ったく。

削った後の白い詰め物

セラミックスおしゃか


 右下側の奥から2本目の歯が痛くなった。最初は硬いものをかんだときだけだったが、冷たいもの、熱いもの、いずれもしみるようになった。はっきりした記憶はないが、すでに何度か虫歯の治療をしており、数年前、銀歯ではなくセラミックスを入れた。確か14万円という高価なお値段だった。大きな治療だったが神経は残っていた。

歯周病で月1回通院


 放置したわけではない。その歯の周辺には大きめの歯周ポケットができていてこともあり1カ月に1度は通院し、治療を受けていた。ポケットの周りのプラークを取り除き、抗生物質を塗るなどの治療で、ときどき、発生した「硬いものをかむと痛い」という現象も、治療後はしばらく治まっていた。

虫歯の痛みに変わる


 ところが12月初めに再び、食べ物をかむと痛くなり、左の歯でかむしかなくなった。冷たい、熱い食べ物、いずれに対してもしみる。歯医者に出向き、状態を訴えた。歯科衛生士が右奥から2本目の歯に冷気を当てると、痛みで「うっ」となった。虫歯と判断したらしくすぐに治療が始まった。医師は麻酔を打ち、セラミックをどんどん削っていく。

 セラミックスのせいか、こげた臭いがする。何度が激しい痛みに遭遇したが、次第に麻酔が効き始めたのか痛みはなくなった。歯科衛生士が抜いた神経の後をぐりぐり触っている感じがうかがえたが、痛みはない。この日は45分ほどで治療終了。痛みが出るかもしれないと、痛み止めの「ロキソニン」を処方されたが、世話になることはなかった。

最初の治療から4日、痛みの衝撃走る


 歯の神経は抜いたが炎症が残っており、神経を抜いた後を消毒して、抗生物質を入れる必要があるといわれた。歯にかぶせものをするのは炎症が治まってからになるそうだ。

 4日後、歯医者を受診。歯にかぶせた臨時のふたを取り、再び神経の中を消毒する作業が始まる。歯科衛生士がふたを取る瞬間からどことなく痛みのような衝撃のようなものが走っていたが、神経を触るといきなり「痛い」のだ。痛いどころじゃない、激痛だ。どんなに顔をしかめても容赦なく、ぐりぐりしている。

 さすがにやばいと思ったか、衛生士は医師を呼びに行く。医師が麻酔を打って作業を続けるが、全く変わりがない激痛。どうなってんだといいけど、とにかく耐えるのみだ。

次の治療も激痛


 実はこんな歯の治療での激痛は過去2回味わっている。一度目は20年ほど前、左上の歯の一番奥、2度目は10年ほど前でその下側だ。いずれも、抜いた神経の跡がどうなっているか調べるために、ぐりぐりやっていた。激痛だったが、その話しを周囲にすると、「麻酔をかけないの?」などの声が届いていた。そこで、医師き尋ねてみると、神経をとると必ずやらないといけない作業。炎症が激しいと、麻酔も効かないんだよねえ。

 それから6日後、再び治療。ふたを取る瞬間から痛みは始まった。そして激痛、激痛、激痛。10%ぐらいは軽くなったけど、拳を握りしめて耐えるだけの痛み。場所によっては、「うっ」と声が出る始末。次の治療はまた1週間後。恐怖の日々が続く。

2018年12月13日木曜日

「いずも」の空母化決定。旧海軍以来の保有 どこか滑稽な議論

 海上自衛隊の護衛艦「いずも」の空母化が決まった。自民、公明の与党のワーキングチームは12月11日、次期中期防衛力整備計画の中で、いずも改修の明記を決定。2017年暮れに浮上したいずも空母化は、1年を経て大きく前に進んだ。誰がどう見ても空母としか思えない代物。1200億円以上かけて建造していた、いや設計段階から分かっていたのに、大金を使って改修し、さらに24時間、戦闘機を乗せないから「攻撃型ではなく」「専守防衛は逸脱しない」という訳の分からない言い訳までした上での空母化。どこか滑稽でもの悲しい。

いずも

いずも、同型の「かが」、日本史上最大の空母


 横須賀に停泊中の“護衛艦”いずもと同型の「かが」を見たことがある。満載排水量2万6000トンと4000~5000トンが通常の護衛艦を圧倒する大きさ。海上自衛隊基地に隣接するヴェルニー公園から見ると、ほかの艦船がおもちゃに見えてしまう。太平洋戦争当時、駆逐艦を引き連れた戦艦大和のようでもある。飛行甲板の長さは248メートル。旧海軍のどの空母よりも長いのだ。

 艦載機も決まってる。さすがにゼロ戦ではない。米国の最新鋭ステルス戦闘機F35B。短距離離陸・垂直着陸機で、巨大な米国の原子力空母に比べて飛行甲板が短い分、こうした戦闘機が必要になるようだ。
 
 現在は別名、ヘリ搭載護衛艦と呼ばれ、ヘリ14機が搭載できる。潜水艦の哨戒活動能力がきわめて高い艦船と言われている。とはいえ、いずもを作った後になってB35を搭載することを考えた、なーんてことはあり得ないだろう。

かが

中国の海洋進出に対抗


 目的も誰が見ても明らかだ。中国が海洋進出を強め。南シナ海で勝手に領有権がはっきりしない島を埋め立てて基地を作ったり、ポンコツ空母を購入したり、あるいは建造したりと、やりたい放題。旧ソ連ですらまともにできなかった、海での米国との対決に乗り出しており、米国のポチたるニッポンは、対中国戦の一翼を空母を作ることで本格的に担ったということだろう。米国の意向だけではなく、かつての栄光の日本海軍を取り戻したいとの気持ちもあったと思われる。

「防衛型」って、そんな理屈、無茶だわ


 防衛省側ではいずも建造-空母化がどう展開していくか、すべて計算済みだったに違いない。政府は従来、国会答弁などで「攻撃型空母」は憲法上、許されないとの見解を示す。そして、いずもは攻撃型ではない、F35は常に艦船に搭載しておくわけではなく、防衛任務が生じるなどした際に運用する「防衛型」と答弁を繰り返している。戦艦大和を作っておいて24時間砲弾を積んでいるわけではないから輸送船だと言うのと同レベル。それでも、与野党とも、中国の動向を気にして、ほとんど追及されないまま通ってしまう。
 「明らかに憲法9条違反」(社民党の又市征治党首)の批判も、じゃ空母を次々建造して沖縄と宮古島の間を我が物顔に通過していく中国艦船を放置していいのかという指摘の前にはほとんど議論にもならない。

結局、憲法か、艦載機満載の空母


 結局、日本国憲法がどうにも時代に合わないものになっているとしか言えないのもしれない。米ソ冷戦当時とは大きく時代は変わった。北朝鮮のような小国が核ミサイルを持って、日本を脅すなど想像もしてなかっただろう。だからといって、安倍晋三に乗っかって憲法改正というのもけったくそ悪いのも事実だ。米空母のように、甲板に多数の戦闘機を並べた「いずも」や「かが」が日本海や西太平洋を航行していく。現実となると、ちょっと怖い。

歌える映画「ボヘミアン・ラプソディー」

 映画「ボヘミアン・ラプソディー」を見た。エイズのため45歳の若さで死んだロックグループ「クイーン」のボーカリスト、フレディ・マーキュリーの生涯を描いた、いわゆる伝記物。一緒に歌える応援上映が話題になっているが、確かに歌いたくなるような雰囲気だった。


とんとん防止でスターに


 前半はパキ坊(パキスタンへの差別)とイギリス出身でないことを揶揄され、中途半端な日々を送る空港のバイトにいちゃんが、ボーカルが抜けた大学生のロックグループに売り込み、とんとん拍子でスターに駆け上がっていく様子が描かれる。ディスコで出会った、洋服の売り子のおねーさんとの恋と結婚。

ライブ・エイドがクライマックス


 全米ツアーを成功させる一方、ゲイに目覚めるマーキュリーは、やがてゲイのマネジャーとカップルとなり、男たちと乱脈な日々を過ごすが、それが元で妻と別れ、グループとの軋轢も激しくなり、やがてソロを目指すようになる。しかし、そんな日々にエイズ感染が発覚、絶望の中でエチオピアの飢餓救済プロジェクト「ライブ・エイド」に参加する。映画はこれがクライマックスで、そのときのライブが描かれ「ボヘミアンラプソディ」「ハマー・トゥ・フォール」「伝説のチャンピオン」などヒット曲を次々と披露。音は当時のもののようだが、実際のこのときのライブは観客を虜にしちゃう伝説のライブといわれているようだ。

当時、クイーンの名の記憶がない


 ここまではいわゆるネタバレ。で、我が身を振り返ると、クイーンがヒットし始めた1974年ごろ、すでに青春してたけど、あのころクイーンという名の記憶がない。ビートルズはすでに解散、ローリングストーンズは独自の戦いって感じで、レッドツェッペリンがトップに上り詰めていた。ただ、好んで聞いていたのはハードロック系ではなく、CSNY(クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤング)だった。

ヒットグループを「ロックじゃない」


 それとふと思うのだが、自分を含め、当時の若者たちはどこかこだわりが強く、ヒットするものに対しわざと背を向ける雰囲気があったと思う。「あいつがツェッペリンなら俺はザフーだ」って具合に。そこに今も残る曲、つまりは聞きやすいヒット曲を連発するロックグループは「ロックではない」とひねくれた発想をしていた可能性がある。

曲はずっと生き残る


 結局、当時のロック曲は歴史に残らず、メロディーが優れたクイーンの曲はマーキュリーが死んで30年近くたっても、CMなど多くの場所で使われている。「バイシクル・レース」など、自転車の映像のBGMでは必ず出てくる。それだけ彼らがすごかったということなのだろう。

青春映画の要素、備える


 映画館では一緒に歌える応援上映が行われ、結構な盛り上がりみたい。平日昼間に出かけたせいか、高齢者が多くて物音一つしない静かな鑑賞だったが、最後のライブの時は、ノれること間違いなく、歌わなくても、思わず足でリズムはとりたくなった。
 観客の数は公開直後より増加しているそうで、大ヒット作となるのは間違いないようだ。クイーンを全く知らない世代も結構、取り込まれているようで、報道などを見ると「自分の生き方を貫くまーキューリーが素晴らしい」などの感想が出ていた。移民、ゲイなどに対する差別と戦いながら、仲間とともに大きく羽ばたいていく姿は若者受けする要素を十分備えている。子供のころから、よく聞いたおなじみの音楽のオンパレードだし。

もう少しでエイズ薬


 マーキュリーが生きていれば72歳。ポール・マッカートニーやミック・ジャガーら70台を過ぎたロックスターが元気で活動しており、同じように活躍していたかもしれない。エイズについても、もう少し頑張っていればと思う。1990年ごろから、エイズウイルスの合成阻害剤が次々と開発され、現代では完全治癒できないまでも、通常の状態で生き延びることはできるようになった。もちろん早世したからこそレジェンドになったのだけど。

2018年12月12日水曜日

話題の「空母」いずもを見た 横須賀で軍港クルーズ、日米の艦船

 日本で数少ない海上自衛隊の基地がある横須賀の軍港めぐりに出かけてきました。同じような軍艦見物クルーズは広島県呉市にもあり、昨年2月に見ましたが、横須賀は米海軍と同居してるのが、お楽しみ。晩秋とは思えない暖かい日和が続く11月下旬、軍港クルージングを満喫しました。米空母ロナルドレーガンはいなかったけど、空母への改造が決まった「いずも」の巨体は見られましたし。


45分クルーズ、1400円


 以前、ヴェルニー公園を散策した際、クルーズ船を待つものすごい列を見た記憶があります。あれじゃ大変と、平日に出かけることにしました。ホームページに予約人数が出ており、十分余裕があると判断しました。ショッパーズプラザ横須賀に車を停め、隣接する軍港巡りのメインターミナルでチケットを購入します。1400円なーり。乗船時間は45分とのことでした。午後1時のスタートまでしばらく時間があるので、ショッパーズプラザの中をぶらぶらしたり、海を眺めたりして乗船5分前に並びました。船は250人乗りとのことでしたが、並んでいる数は50~60人ほど。のんびりとクルーズできそうです。

2階のデッキで見学


 乗り込むとすぐに2階のデッキ部分に登ります。1階の客室は視界が遮られそうで、360度見渡せるデッキの方がよく見えそう。ただし、外は体感温度がはるかに寒いだの波があれて水しぶきを浴びる可能性があるなど注意事項をアナウンスが続きます。話している案内人は女性でした。

米軍側に海自の潜水艦


 いよいよ出航です。乗り場一帯はほとんど湾の中なので波静かでスムーズに走って行きます。進行方向右手が米軍横須賀基地で英文の看板が見えます。左手のヴェルニー公園側に海上自衛隊の基地があり、艦船が停泊しています。まず右手の説明で、米軍基地でありながら自衛隊の潜水艦が停泊しています。ここだけは自衛隊基地になっているとのこと。真っ黒な船体が結構、物々しい雰囲気があります。

巨体のいずも


 左手には、早々と本日のメインイベントが登場しています。自衛隊最大の船「いずも」です。ヘリ搭載護衛艦などの呼び方がありますが、見た感じはどう見ても航空母艦。広い飛行甲板があり、その大きさは長さ248メートルと太平洋戦争中の旧海軍の空母を上回る大きさがあります。先日、来年以降、空母として改装するとの報道があったばかり。搭乗するのは米国のF35という最新型ステルス戦闘機だそうです。日本海や東シナ海で中国艦船とにらみ合いなんて、想像するだけでなんか物騒です。

事故の米イージス艦も


 今度は右手。米軍イージス艦が3隻見えます。うち1隻はシンガポールでタンカーと衝突し、乗組員が10人死んだジョン・S・マケインで、修理中らしくあちこちに覆いがかかってました。ブリッジに2枚の6角形のパッチのようなものがついています。案内人から「あれがレーダー」との説明がありました。ぐるぐる回すと、死角ができるけど、このタイプは360度全部、見られるのが特徴だそうです。米軍80隻に対し日本は8隻とか。巨大な米海軍、1隻1500億円といわれる高価な軍艦をヤマほど作っちゃうのね、とびっくりです。

波静か、揺れもなく


 東京湾に出て行く途中に、コンクリートの箱のようなものがいくつも海上に顔を出しています。艦船は航行しているうちに磁気を帯びていくもので、そのままにすると磁気に反応する機雷を爆発させる恐れがあるそうで、その磁気の程度を測る装置なのだそうです。いろんなものがあるものです。
 東京湾に出でましたが特に波の荒さは感じません。揺れも全然です。午前中はそれなりにあったようですが、午後に入り穏やかになったみたいです。

海上自衛隊基地へ


 クルーズ船は東京湾から事実上の人工島の吾妻島沿いに海上自衛隊の総監部がある長浦港に向かいます。吾妻島は元々半島だったのですが、1899年(明治22年)、ブルドーザーもクレーンもない時代に人力によって切り開き、海峡にしたとの説明がありました。旧海軍が艦船の出入りを短縮するために行った工事ですが、すごいことをやるもんだと思います。ただし、現在は米軍が使ってるみたいだけど。
 長浦港一隊は、自衛隊の基地になっています。護衛艦や海洋調査船がずらりと並びます。この辺りになってくると、「いずも」ほどの大きさはなく、イージス艦ほどの迫力がないためか、少々、だれ気味になってきました。呉でたくさん見てきたせいもありますけどね。

新井掘割水路を通って帰着へ


 潜水艦がこちらにも停泊していました。案内では「潜水艦を見られるのは珍しい」と言ってました。そうかあ、1988年に事故を起こした「なだしお」はこちらの船だったのねと思い出します。ただ、呉に行くと、国道沿いに5隻も6隻も見られる場所があります。コンビニに車を止めて見るなんてこともしてました。
 本土と吾妻島との間の新井掘割水路を通って、クルーズ船は出港場所へ向かいます。何隻かの自衛隊艦船を眺め、最後は再び「いずも」です。昨年、ヴェルニー公園を散策したときは、同じ場所に「いずも」と同一の船で完成したばかりの「かが」停泊してました。護衛艦とは桁違いの大きさ。海面から甲板まですごく高く、横からだと空母的な部分はほとんど見えませんけどね。ただ、正面に来ると、飛行甲板が横に広がっているのがよく分かります。

たとえ武器と分かっていても、わくわく


 45分でぴったり戻ってきました。ホントに好天に恵まれ、寒さを感じないクルーズでした。「軍艦はしょせんは武器で怖いものと思っていたけど、最新鋭の軍艦とか見たら、どこかわくわくする感じがする」。こんな女性の声が聞こえてきました。気持ち、すごーく分かります。だからこその人気なんでしょうね。
 そうそう、米原子力空母ロナルド・レーガンは出航中でいませんでした。その数日後、帰港したという記事が新聞に載ってました。

2018年11月30日金曜日

タトゥーシール、手作りでオリジナル

 生まれて初めてのタトゥーシール遊び。消しにくかったり、アレルギー反応が出たらやだなと思いつつも、貼り付けてみたら、まったく問題なし。どこかエロティックな気分になれることも分かった。ただ、シールを売っているのを見つけたのはドンキホーテだけ。図柄も2種類しかなかった。通販だと多数、販売されているが、1000円近い値段のものもあり結構、高い。ここは大胆に遊ぼうと、オリジナルを作ってみることにした。


PC関連で用紙売っていた


 そんなことを思いついたのは実はネットでタトゥシールの通販を調べているときだった。なぜかコンピューター周辺機器の販売をしているエレコムのシールのページが出てくる。プリンター用紙の話がなぜ?と思って、詳しく読むと、タトゥーシール用の用紙を売っていたのだ。
 
 電気屋さんで見てみると、はがきの大きさの用紙が3枚入って500円ぐらいで売っていた。ほっぺたに日の丸の写真をつけた女の子の写真。そうか、画像データをダウンロードしてプリントアウトすれば、どうにでも作れるのだ。

ネット上にはいくらでも無料イラスト


 日の丸や国旗に限らず、ネット上には無料イラストがヤマほどころがっている。花や蝶などいかにもタトゥー向きの図柄もあれば、骸骨などハロウィン向きのイラストなど、よりどりみどりだった。

エクセルで台紙作り


 まず台紙作りだ。安いとはいえ、はがきの大きさで160円ぐらいはする。もったいないので1枚の用紙にできるだけ多くの図柄を入れたい。片っ端からダウンロードする。次はエクセルの出番だ(エクセルの用は高級アプリは持って亡くて、無料アプリ)。はがき用紙に設定して、イラストを貼り付ける。縮小拡大の機能を使ってちょうどいい大きさにする。あとはプリントアウトするだけだ。

反転するのをお忘れなく


 印刷は裏返しになることを想定しなければいけない。キャノンのプリンターでは「Tシャツ転写紙」の設定を選択する。プリントした用紙の図柄側に粘着剤シートを貼り付ける。体に貼り付ける直前、粘着剤シートを外してぺったん。用紙の上から濡れタオルで抑えれば、用紙ははがれ、図柄だけが残る。イラストを探さなくても、手書きでもいいし、自分で撮った写真でもいい。何でもありなのだ。

バージョンアップしそう


 市販品では見つからなかったドラゴンや蝶などのタトゥーシールをつくり貼り付けてみた。肌に色鮮やかなタトゥーができた。ほぼ2日後には消えた。特段、風呂でこすったりしたわけではなかった。女性の場合、パンストをはいてすれるためか、太もも周辺は消えやすいとか。
 タトゥー遊びはさらにバージョンアップしそうだ。今は見えないところに貼っているけど、夏場とか、露出した肌のおしゃれに使ったりして。

2018年11月24日土曜日

ハロウィンの夜、渋谷はホコ天 もっと大規模でも

 深夜まで大騒ぎ、ごみがひどい、住民はたまったもんじゃない。ハロウィン当日と直前の土日で合わせて10人以上の逮捕者が出た東京・渋谷は、まるで無法地帯のような言い方がされ、渋谷区長は有料規制だの代々木公園に誘導するなどと言い出した。某大手新聞は「子供の行事だったはずなのに若者が台無しにした」と渋谷の騒動批判を繰り広げている。

 しかし、ハロウィン騒ぎをそんなに目の敵にする必要があるのだろうか。死者や大けが人が出たわけでもない。騒ぎはするが、暴動というほどではない。それに酔っ払いの乱行は今に始まったことではない。ましてやほとんど不夜城の渋谷。むしろ、道玄坂を歩行者天国にするなど管理したイベントにするとか、やり方はいくらでもあるのではないのか。


批判には違和感 いつものこと


 渋谷ハロウィン批判に関してすごく違和感がある。深夜まで大騒ぎ=いつものこと。住民は困ってる=渋谷の交差点周辺に住んでる人なんていない。ごみがひどい=朝方、カラスのえさ場。いつものことじゃん。若い酔っ払いがころがっているのもいつものこと。仮装しているかどうかの違いだけだ。センター街のけんかだって日常茶飯事。ハロウィンだからこの種のことが発生しているわけではない。

ホコ天だと交差点の行き来なし


 確かにまるでハロウィンの聖地のごとく全国、いや国の内外から人が集まり、交差点は往復を繰り返す人でほとんど通行不能となる。しかしだ、交差点の道路は東京にとって主要な道路でもない。ハロウィンの夜、通行停止にしてもほとんど影響はないはずだ。ハチ公前からの交差点、周囲に伸びる道玄坂、Bunkamura通り、みーんなホコ天にしちゃえばいい。そうすれば、交差点を行き来することがなくなるのだから、一定程度混雑は解消されるはず。

有料?代々木公園?そりゃ無理だ


 渋谷区長がいう「有料」って意味不明だが、「代々木公園誘導」も同じく意味不明だ。せっかくの仮装、誰かに見てもらってこそ。仮装したもの同士というより、一般の人に見てもらってこそのハロウィンなのだ。実際、通行人が見ず知らずの仮装の人たちと一緒に写真を撮っていた。仮装しない人も、「自分もしてみたい」という願望を彼らに投影しているのだ。どこかに押し込めたって、みんな出て行ってしまうだろう。
 

ニューヨークのハロウィンは大人の祭り


 「本来のハロウィーンのイメージは、仮装した子供らがかわいらしくお菓子をねだる、ほほえましい行事だったはず」。某大手新聞はそんなコラムを書いていた。しかし、それって本当だろうか。毎年恒例になっているニューヨークのハロウィンパレード。あれは明らかに大人の遊びだ。

 ネットで調べてみると、夜7時にグリニッジヴィレッジをスタート、1マイルほど歩く。仮装をしていれば誰でも参加可能。毎年6万人の参加者と200万人の見物人。渋谷なんぞ相手にならないぐらいの巨大なイベントだ。ダンサー・アーティスト・大道芸人なども参加、マイケルジャクソンのスリラーだけを踊る何百人のグループの映像も見かけた。世界中のテレビ中継で視聴者約1億人とか。日本だって渋谷というブランド、それぐらいやってもいいのではないのか。

現代の祭りに


 川崎市でパレードが行われているが、そんな官製のお祭りのどこが楽しいのか。おまけに昼だ。ハロウィンのパレードなら夜しかないだろう。昼間は子供に任せ、夜は大人。地域の祭りもほとんどすたれている現代、新しい祭りを作り出してもいいのではないのか。実際、東京でも地域の祭りだと、公道を人で埋め尽くし、渋滞が起きているのだから。

2018年11月20日火曜日

明神池を目指しスタート(上高地その2)

 初めての上高地で散策にスタートしたのは午後3時でした。河童橋から明神池まで往復約7キロ。午後5時過ぎの日没を考えると、そうぼやぼやもしてられません。幸い、天候は一段と回復し空は真っ青。日差しは日没ぎりぎりまで、照らしてくれそうです。


 残された時間で目標達成のためには、散策でもハイキングでもなく、ウォーキングに徹するしかありません。スマホのウォーキングアプリをスタートさせると、いつものスピードで明神橋に向かいます。2時間ぐらいのコースになるのかな。


1日7キロなんて健脚前提


 考えてみれば、この7キロという道のり、普段歩く距離ではありません。ハイキングというなら1日かけて歩く距離で、2時間で歩くというのはかなりの健脚が求められていると考えていいでしょう。おまけに歩いてみると、自然研究路は途中、広場があったりするなど、休めるような構造にはなっていませんでした。つまり往復7キロをさっさと歩いて明神池に行くことが前提になっているようにも感じます。
 まあ、ここを経由して穂高連山に進む人も多いので当然のことかもしれないけど。こういう健脚前提みたいな点が、どこかお仕着っぽくて、高齢者が多い今時には合わないかな。

ウォーキングで準備万端


 幸いこの数ヶ月、抗がん剤の副作用からの脱却、メタボ対策として、週1、2回4~5キロのウォーキングに取り組んでおり、歩く力はかなり強化されているはずです。靴も歩行を後押しするジャングルモック。準備は整っています。歩き始めてみると、自然研究路はとてもきれいに整備されていて、歩きやすいことが分かりました。湿地帯の岳沢では尾瀬のようにボードの通路もありました。アップダウンがない、整備がよく行きどいた場所ばかりなのでほとんど疲れは感じません。


明神池到達、汗もかかず


 約40分ほど歩くと、明神橋が見える梓川の土手沿いに出てきました。向こうに明神橋が見えます。ということは目的の明神池もすぐそばです。土手沿いの通路から降り、明神池に向かいます。ほとんど足に疲れは感じません。気温も15度前後とちょうどよく、汗もかいていません。神社もある明神池周辺はいい休憩場所になるはずです。

大病の平癒お祈り


 手前にある、国の登録有形文化財の宿泊・カフェの嘉門次小屋の前を通り過ぎると、神社の建物が見えてきました。ただ、そちらは社務所のようなもので、お参り用には小さな拝殿があるだけ。ほとんど祠みたいな拝殿でお参りを済ませると、社務所で料金を払って明神池へ向かいます。日本アルプスの総鎮守、海陸交通守護の神さまとのこと。取りあえずわが大病の平癒をお祈りしてきました。御利益あればいいな。


紅葉とはいうけれど


 明神池は古い流路が明神岳からの崩落砂礫によってせき止められてできた池。好天の下、山肌が行けに映りとても美しいです。音も何もしない静寂な空間。しばし休憩ですが、結局立ちっぱなしだから、そう休んだ感じはしないかな。10月半ばは上高地では紅葉シーズンなのですが、いかにも紅葉らしい赤い樹木はほとんどなく、黄色く色づいた木々が見える程度。帰り際、バスターミナルで働いていた人に聞いたところ、「上高地の紅葉はこんなもんです。赤い木とかは少ないし」でした。


梓川左岸から戻る


 10分ほど休んだところで、今度は梓川左岸を通って河童橋に向かいます。一般的には左岸→右岸のコースを歩くみたいですが、逆コースを歩いています。左岸コースはどちらかというと道も整備されているし、単純な感じがしました。途中、オーストラリア観光客から英語で道を聞かれドギマギ。おかしかったのは、「熊を探しに来た」と話したことでした。

キャンプ場も整備


 あと1キロを切ったところで、さすがに足に疲れを感じました。ふと見ると、キャンプ場です。「森のリゾート小梨 キャンプ場」。さすがに洗練の上高地。テントが張りやすそうなサイト、水や炊事用の設備も整ってました。実は車にテントや寝袋を積んでました。まったくその気がなかったので準備しなかったけど、知っていれば・・・やっぱまだ無理かな。外国人観光客のグループがテントを張ってました。これからバーベキューかしら。楽しそう、でも夕暮れになってちょっと寒い感じもしました。夜はどうなのかしら。

ぎりぎり最終シャトルバス


 すぐに河童橋が見えました。散策の終わりに近づきました。河童橋のたもとでウォーキングアプリをチェック。歩行距離8・65キロ。1時間50分、867カロリーでした。 5時近くになると、さすがに日差しも弱く、気温も下がってきます。とても大正池に歩く気力はありません。バスターミナルまで歩き、乗車前にコーヒーでもと思ったら、店はみんな閉まってました。おまけに沢渡の駐車場に行くシャトルバスは最終が停車中。ぼやぼやしてる時間はありませんでした。そうそう、バスがサルの群れに遭遇して立ち往生ってこともありました。

次の機会はキャンプかな


 沢渡の駐車場までは、暖かいバスの中でうつらうつら。長時間ドライブに備えてちょうどいい休みになりました。真っ暗になった国道158号、中央道、圏央道、東名と逆コースをサービスエリアごとに休んで約5時間のドライブでした。
 次の機会があればキャンプで1泊し、河童橋から大正橋、往復7キロ、河童橋から徳沢、往復12キロなんて楽しそう。装備はそれなりに大変なんでしょうけどね。

2018年11月17日土曜日

一挙9枚のフェルメール 大胆な試みだ

 もともとフェルメール展を見る予定ではなかったんです。平日でも相当な混雑が予想され、とりあえず同じ上野で開かれているムンク展を見に行ったのです。その帰りのこと、フェルメール展が開かれている上野の森美術館の前を通ると、行列が消えています。チケット売り場前で「入れますか」と聞くと、午後3時の回なら入れます。このとき、午後4時過ぎ、「時間がないのでは」と聞くと、「入ってしまえば何時間でも終わりまでいられます」との説明。それならと2700円という高額料金を払いました。日時指定入場制という入場制限はあったけど、時間制限はなかったのね。

 世界でわずか35点しか作品がないフェルメール。そのうち9点を一挙に見られるなんて、かなり大胆な試み。というか、ファンにはたまらない幸せでしょう。日本にも相当、ファンがいるはずで、入場制限も致し方なし。おそらく土日祝日は恐ろしい状態になっているでしょう。それに作品自体が小さいし、マジまともに見られるのか正直、おっかなびっくりの入場でした。


全員に音声案内サービス 2700円だもん


 チケット買って入ると、いきなり音声案内の機械とイヤホンが渡されました。ふつーは希望者だけだし、場合によっては有料のケースもありますが、さすが2700円という高額展です。それぐらいはサービスしてくれないと。

フェルメールの絵はどこ?


 展示場に入ってみると、暗い室内、一枚の絵に10~20人が群がって見るというおなじみの光景です。最初の絵を見ながら、音声案内の石原さとみの声を聞いていてふと思ったのが、「あれ、フェルメールの絵はどこにある?」でした。
 入り口で渡されたパンフのような小冊子を見ると、フェルメールの絵は40番台。なのにこの室内には40番台の絵は一切ありません。展示されているのは、いずれも知らない画家ばかり。かろうじてヤン・ステーンという言葉を知ってるぐらいです。それも詳しくは知りません。フェルメールと同時代のオランダの画家の作品群が展示されていますが、食指はわきません。これらの絵を一挙にすっ飛ばし、フェルメールの展示へと向かいます。ちょっともったいないけどね。
 

ほかの作品はすっ飛ばした 最初の絵は宗教画


 廊下のような通路を渡ってフェルメールの展示室へ。最初の展示が「マルタとマリアの家のキリスト」。ナレーションを聞くと、キリストを中心にした宗教画なのですが、見ただけではまず分からない作品。宗教画を書いていたの?と思う一方で、まったくそうらしくないというのも面白いです。


壁一面に7枚の絵 20~30人が群がって


 続いて、壁一面にずらりとフェルメール作品が並びます。「ワイングラス(日本初公開)」「手紙を書く女」「リュートを調弦する女」「真珠の首飾りの女」「赤い帽子の娘(日本初公開)」「手紙を書く婦人と召使い」。
 これだけ並ぶとかなり壮観です。しかし、さほど大きくもない一つの絵に、オランダ作品群よりさらに多い20~30人に群がり、背が低いとかなり見えにくそう。係員が少しずつ歩いてと小さく声を上げますが、みんな音声案内を聞いており、終わるまで動くに動けません。

5枚はすでに見てました 記憶ないけど


 ふと記憶を呼び起こすと、「赤い帽子の娘」と」「手紙を書く女」は米ワシントンのナショナルアートギャラリーで、「リュートを調弦する女」はニューヨークのメトロポリタン美術館でそれぞれ見たことがあるようなのです。「真珠の首飾りの女」だけはドイツのベルリン国立美術館で見た際、かなりお気に入りとなり、A4ぐらいのポスターを購入し、今も飾っていますけどね。「ワイングラス」もこのときに見ていたようでした。つまり5つは見ていたことになりますが、世界の3つの美術館を回った結果であって、一度に見られるなんて、かなり幸せかもしれません。


「牛乳を注ぐ女」がすごい、「真珠の首飾りの女」が一押しだったけど


 かなり精密な「手紙を書く婦人と召使い」を経て、トリを飾るのが、「牛乳を注ぐ女」。これまで見た中では「真珠の首飾りの女」が一番と思ってましたが、絵のすごさという点では「牛乳」の方が上かな。あの時代、光と影をあんな風に見事に描けるなんてとにかくすごい。

誰が買って、どう保管維持?


 もっとも、庶民の日常を描いたこの種の絵って、いったい、誰が購入したんだろう。宮廷画家や宗教画家の絵なら、王宮や教会がつぶれない限りそれなりに保存されていくだろうけど、一般の商家などが、フェルメールの作品を購入した後、それほど厳重に保存したとは考えられません。今のような巨額な価値はないでしょうから、購入商家が没落すれば単なるゴミ。生涯35枚じゃとても画家として食べていけないし。いったい、どうしていたのかな。

2018年11月15日木曜日

「叫び」だけじゃなかった 上野のムンク展

・上野の東京都美術館のムンク展に出かけました。平日にもかかわらず結構な人。常設展示の美術館のように落ち着いて絵を楽しむというわけにはいきませんでした。土日は大変なことになるんだろうな。ま、そんなことはともかく、ムンクばかり約100点も集めた展覧会はかなりのボリューム。叫びだけでなく「マドンナ」「接吻」「吸血鬼」などさまざまなバリエーションの絵画が見られて楽しめました。


フェルメール展に比べれば


 3つあるチケット売り場には、それぞれ10人ほどの行列。入場は10分待ちとの掲示があり、それぐらいならとチケット購入。朝日新聞の100円引き割引券を使って1500円。来る途中、上野の森美術館前を通ったのですが、あちらはフェルメール展をやっており、長蛇の列。それよりはましかな。


結構、ナルシスト?


 ムンク自身のポートレートから始まった展示は、次にムンクの肖像コーナーが続きます。写真を撮って自分で書いていたとのことですが、この人、結構ナルシスト。年老いていく自分を描いても面白くないだろうとは余計なお世話か。絵の企画展でよくありがちですが、悪いけど「見ても見なくても」いい作品を前半に並べるのは勘弁してほしいかな。それだけで疲れちゃうし。


色彩豊かな油彩画、そんな絵、知らなかった


 続いて「メランコリー」「死と春」「夏の夜、人魚」=これはもっと後だったか=など大きなキャンバスに描かれた油彩画が続きます。いずれも色彩が豊か。白黒で描かれた「叫び」のイメージから、なんとなくこうした色合いの作品は想像していなかったので、意外感からか、魅入られます。

「叫び」は別格、案外暗くない


 いよいよ「叫び」です。この作品だけは別に通路が作られ、近くで見たい人は通路を歩き、じっくり見たい人は通路の後ろ側からと、分けてあります。当然のことながら、叫びは別なのかな。緑、赤、オレンジ、黄色、青-ホントに色彩豊かです。この絵を見る限り、すごく暗いイメージがあった「叫び」もちょっと違うイメージを持ちそうです。


「接吻」すごくエロティック 「マドンナ」は現代のマドンナ?


 これで満足と言いたいところだけど、その先にも見所が待ってました。「マドンナ」「接吻「吸血鬼」などの作品群です。ムンクという人は同じ題材を、エッチング、リトグラフ、油絵などさまざまな手法で描いており、それぞれに趣があり面白いです。
 もっとも迫力を感じたのは、エッチングなど白黒の作品でした。マドンナはまるで現代のポスターのよう。米のスーパースター、マドンナのCDジャケットなどで似た図柄を見たような記憶が。接吻は顔がつぶしてあるのは面白かったけど、男女がヌードで抱き合う図柄はとてもエロティックです。
 吸血鬼はもしかしたら、ニューヨークのメトロポリタン美術館で見たかもしれないのですが、記憶は全くありません。でも、何種類もバリエーションがあったとは。
 「生命のダンス「すすり泣く裸婦」「赤と白」など終盤作品群も結構、楽しめました。

巨大なムンク展、なぜポスターないの?


 ノルウェー・オスロにある市立ムンク美術館が誇る世界最大のコレクションを中心に油絵60点を集めたという大ムンク展です。ただ、同じ作者の絵画だけをずっと見続けるのはかなり疲れます。それにしても、日本で企画展をやる際、どうしてあんなに暗くするんでしょう。絵も見ずらいし、横の説明もよく見えません。それと、グッズの中に通常なら販売されるA4、A3ぐらいの絵画ポスターを見かけませんでした。オスロ側と何かあったのかしら。

2018年11月10日土曜日

ようやく上高地デビュー(1) 洗練されすぎかなあ

 上高地といえば、地方出身者には特別な響きがあります。中学や高校の教科書に登場、どこかまぶしい都会のリゾートという雰囲気。観光客も東京の人が多くて、おしゃれなんだろうなと感じていました。そして首都圏在住が四半世紀を超え、ようやくデビューしました。といっても、日帰りドライブ、散策というより、実質ウォーキングでしたけど。わずか数時間の滞在でえらそーなことは言えないけど「美しい、でも洗練されすぎていて、ワイルドさがない自然」というのが正直な感想でした。もちろん穂高連峰などの登山は別でしょうけどね。


首都圏から快調なドライブ


 すでに紅葉シーズン入りというネット情報で10月半ばの平日午前10時前スタート。スマホのカーナビ情報では中央道の松本ICまで3時間とのデータが出ています。首都圏は曇りですが、上高地など長野県南部は午後に入ると天候が回復する見込み。
 東名、圏央道、中央道と快調なドライブ。予定通り午後1時前には松本ICに到着、国道158号で上高地へ。

山岳道路通り、沢渡の駐車場でタクシー乗り換え


 通行規制でマイカーでは入れないため、沢渡駐車場へと向かいますが、片側1車線の国道158号は狭くて急カーブの連続とかなりの難路です。バスが前にいると、追い越せないので長い列ができます。冬なんてとても走れないな。約1時間弱で沢渡に到着しました。バスに乗ろうとしたところ、タクシーの運転手から声をかけられました。こちらは1人だけど、たまたま2人ずつ計4人が車を停めたばかりなのを見て、5人一緒にタクシーに乗れば1人850円でシャトルバスの1250円より安いというのです。渡りに船と4人の皆さんに声をかけ、5人で上高地に向かいました。運転手さんの説明を聞きながら、曲がりくねったかなり急峻な坂を登ること15分、秋の日差しをいっぱいに浴びた穂高連峰の美しい山肌が見えてきました。天候が回復するという天気予報通りです。


河童橋から明神池往復が基本


 タクシーはバスターミナル隣接するタクシー乗降場に着きます。運転手さんに「初めての上高地、お勧めは」と聞くと、「河童橋から明神池の往復が基本」とのお答え。往復7キロもあるけどというと「全然、大丈夫」。「河童橋まで戻ったら、大正池まで行けば?」。「ええー、そりゃ無理」、「いえいえ大丈夫ですよ」。とても楽観的な運転手さんでした。
 
 「河童橋→明神池」コースと決め、まず歩いて数分の河童橋へと向かいます。時刻は午後3時前。梓川沿いの遊歩道を歩いていると、散策を終えバスターミナルに向かう人の姿が目立ちます。時間が時間ですもんね。遊歩道のベンチに座りまず腹ごしらえです。河童橋周囲にはいくつものカフェやレストランがあります。でも、どこが美味しそうか、席が空いているかなんて調べている時間はありません。というか、そうなることを考えてお弁当を持ってきました。おむすび2個と明太子、ゆで卵という簡単なものだけど、手早く食べられてちょうどいいかな。ランチタイムはたぶん10分もないでしょう。

絶景、河童橋から穂高連峰


 お茶をぐいと飲むと、まず河童橋です。橋の上に立って、穂高連峰を見ると,切り立った3000メートル級の山々。目の前を流れる梓川の清流。深まる秋を前に色づき始めた木々の緑。インスタスポットというには知られすぎていますが,これだけの絶景を眺められることなんて滅多にないと思いました。運がよかったのか、その日、ガスが切れ始めて、しっかりと穂高連峰の岩肌やカールまで見ることができました。橋の上ではほぼ100%が写真を撮っています。


いよいよスタート


 橋を渡って、梓川右岸を明神池方向に歩きはじめました。あらためて周りを見ると、宿泊施設やカフェ。人でごった返しています。確かに「上高地銀座」と呼ばれておかしくないなあ。だけど、これだけ奥に入った場所で、これだけの人の数。いい季節だからといって、ちょっと多すぎ。中国、韓国などアジア系、欧米人の姿も目立ちます。さて、いよいよ散策スタートですがそれは次回に。

2018年11月8日木曜日

夏みかんの木、とうとう終わりかも ほとんど枯れてしまった

 かつて300個を超える実がなった夏みかんの木。ついに終わりの日を迎えているようだ。カイガラムシに全体を侵され、今年初め、枝葉のせん定、農薬散布を行った結果、春になってもなぜか、枝葉は伸びず、幹の表面がはがれ始めた。両親が家を新築してしばらく後の1970年半ばに植えられたと思われるが、半世紀を前に寿命を終えつつあるようだ。何とか回復させたいと思うのだが、未だ手立てがない。


300個も実をつけていた


 両親が地上から消え去り、日常的に世話をする人がいなくなって8年。最初の2年は300個以上の実をつけ、収穫も1日がかりだった。いずれもきれいな実ばかりで、汚れなどまったくついていなかった。食べ切れなぐらいたくさんのマーマレードを作った。自分で伸びすぎた枝を切り、いびつな形となったためか、少しずつ減り始め、150個前後になった。

異変、びっしりとカイガラムシ


 ところが2015年から16年にかけ、異変が起きた。夏場につけていた小さな実が成長せず、年明けに採取したときは50~60個しかなく、それも大半が表面に黒い斑点がつくすす病になっていた。
 樹木を細かく観察し、原因は間もなく分かった。幹や枝葉にびっしりとついた白い小さな虫。フジカイガラムシと思われる害虫だった。2017年6月、ヤツらが増殖する時期を狙って、侵された枝葉を落とした。しかし1カ月後見たときは再び増え始めており、本格的な駆除作戦を決意。1月に50~60個ほどの夏みかんを収穫した後に、シルバー人材センターに依頼し、せん定をした。8000円だった。


枝葉をせん定、農薬散布


 枝葉の大半にカイガラムシが付着していた。「思い切り切って」と頼んだ結果、夏みかんはほぼ太い幹を残すだけになった。幹の途中から伸びる新しい葉は実をつけないから、残しても意味はないとシルバーさんからアドバイスも受けていた。
 次に着手したのが、農薬散布だった。カイガラムシに効くというのマシン油製剤。いわゆる農薬と違って、機械油を加工して農薬のようにした物で、虫を油で覆って窒息させるようだった。ホームセンターで、柑橘類のカイガラムシ対策として、冬の間、よく出回っていると聞いていた。

春になっても新芽が出ない


 規定通り希釈し、手押しポンプの散布機に入れ、せっせと散布した。ほとんど丸はげ状態になっており、かなり丁寧にまいた。そして4月、「あれっ」と思った。例年なら出てくるはずの新芽が全く出てこないのだ。枝の先はせん定されたままの状態だ。
 5月になっても変わらなかった。幹のかなり下部から枝が1本だけ伸びていたが、青い葉をつけたのはそれだけだった。

何が失敗だったのか


 8月になると、さらに木は弱まっていた。あちこちで表面の皮がはげ、白い幹の内部がむき出しになっていた。「たぶん、先の方は枯れている。根元の新しい枝だけで再生するかどうか」と多少、草木に詳しい知人が話した。もちろん、小さな実などもどこにもない。悔しいことにほとんど枯れかけた幹にもカイガラムシがついていた。
 しかし、どうしてこんなことになったのだろう。せん定した量が多すぎたのか、マシン油製剤の影響か。突然、寿命が来たなんてことはあり得ないだろう。すす病が残ったにしろ、何もしなければここまで悲惨なことにはならなかったはず、ど後悔ばかりしている。ホントに悲しい。

2018年11月6日火曜日

ローマの休日、オードリー、ワイラーの思い

NHKBSで先日、アナザーストーリー『オードリーとローマの休日 秘めた野心 貫いた思い』を見た。昨年11月の再放送のようだったが、デビュー時や晩年のオードリー・ヘップバーンの私生活、監督のウイリアム・ワイラーの平和にかけた思い、当時の時代がうかがえ面白かった。日本初公開となる極秘のプライベート映像でオードリーのビキニ姿が出てきたときには、一瞬、目を見張った。

デビュー時、眉の形整える


 オードリーの息子や担当メイキャップアーチストの息子、そしてワイラーの娘がそれぞれ証言するという構成。親という存在、仕事や夫婦のことなどを子供にぺらぺらしゃべったりしないもの。そのため、子供といえど案外、知っていることは少ない感じもするのだが、オードリーにワイラーという大物中の大物、資料もたくさん残していたのだろう。

 最初の登場してきた男性メイキャッパーの息子。オードリーがデビューに当たって、眉毛の形を変えたことを明らかにする。男一般だとその変化に気づくのは難しいだろうが、目尻に向かって細く整えられた眉は,表情を柔らかくし、女らしく見える。

赤狩りで追放の脚本家起用


 赤狩りの嵐が吹き荒れたハリウッドで、自分の意志を貫いたワイラーの話も興味深かった。遠い記憶でワイラーが赤狩りに反対していたことは知っていたが、ローマの休日の脚本に、ハリウッドを追放されたドルトン・トランボを起用。偽名で脚本を書かせ、「資金が出なくなる」とそのことを隠していた。トランボといえば、それから20数年後、自らの反戦小説「ジョニーは戦場に行った」を映画化し、カンヌ映画祭で審査員特別グランプリを受賞するなど、反骨の映画人。第2次世界大戦が終わってまだ7年、ローマの休日は単なる王女様と新聞記者の恋愛おとぎ話ではなく、平和への期待を込めた作品だったことをあらためて知った。

映画から20年後に見てもまぶしいローマ


 もっとも作品を初めて見た1970年ごろ、すでに日本が高度経済成長期に入り、東京五輪、大阪万博も開かれていたというのに、終戦からそれほど時間がたっていないローマは美しく、スペイン階段でのジェラート、サンタンジェロ城近くのダンスパーティー、グレゴリーペックが住むアパートなどみんなまぶしかった。
 トレビの泉前のシーンでペックがカメラを無理矢理借りようとする女の子が、ワイラーの娘で、75歳になった彼女が父親の話をするのも面白かった。

ローマで子育て ビキニで遊ぶ姿も


 最後はオードリーの2番目の息子の話。1967年の「暗くなるまで待って」を最後に突如、映画への出演をやめ、1976年、ショーン・コネリーと共演した歴史映画「ロビンとマリアン」まで空白の期間を過ごすことになる。
 この間,彼女は離婚、再婚、さらには2人目の子を出産。ローマで普通の家族のように暮らしたという。パパラッチとけんかばかりしていたと1970年生まれの息子は証言する。「今となっては、いろんな写真が残っていてありがたい」とも話す。このときの映像として、ビキニ姿でヨット遊びをする姿が映し出された。肌を大きく露出したセクシーなシーンなぞまったく思い浮かばない彼女だけに、この姿が後悔されたのは驚きでもある。

 晩年はアフリカの支援活動に取り組み、ユニセフの親善大使にもなる。1993年、がんのため死去。まだ63歳だった。やはり美人薄命なのか。

2018年11月1日木曜日

速報、2018年渋谷のハロウィン

ウォーリーは減ったかな


 ちかんや暴力などで土日と合わせて10人以上の逮捕者が出た渋谷のハロウィン。31日本番は、幸い日が暮れ始めた午後5時ごろは、酔っ払いもおらずふだんの渋谷に色とりどりのコスチュームに身を包んだハロウィンたちの姿がありました。2、3年前に比べると、ウォーリーが減ったかな。女の子は激しいコスプレというより、可愛いを目指したみたいでした。


まもなくこの狂躁も終わり


 帰ろうと電車に乗ろうとしたら、どんどんハロウィンたちが降りてきました。あの後、さらに混乱の極致に向かっていったんでしょうね。渋谷はビルの高層化が進み、いずれハチ公像はペデステリアンデッキに移り、スクランブル交差点も今のような形でなくなるとか。ハロウィンの狂躁もそれまでの短い命かな。
 可愛いハロウィンのお嬢さんたち、モデルになってくれてありがとう。




2018年10月12日金曜日

シールタトゥーで遊んでみた セクシー度満点

 入れ墨は特殊な人たちのものだと思ってた。メッシなど欧州サッカーのスターたちのタトゥーを見てもかなり違和感があった。ところがある日、ネットを眺めていて、簡単に貼り付けられるタトゥーシールがあることを知った。これなら、ちょっとした遊びで楽しめるかもしれない。そう思って探してみると、時期的なものか、100円ショップにハロウィン用のタトゥーシールが売っていた。最寄り駅にある遊びグッズの宝庫トンキホーテで聞いてみると、2種類だけ置いていた。A5ほどの大きさで10種類ぐらいの花の絵柄が入っていて108円。何だか楽しそうと早速買ってみた。どーせ、すぐ消えちゃうだろうし。

濡れたタオルで30秒、肌にバラ


 貼り付け方は簡単だった。台紙を絵柄に合わせて切り取り、絵柄の面を肌にぺたっと押しつける。上から濡らしたタオルを当て30秒ほど。すると、自然に台紙が外れ、肌に絵柄だけが残った。すぐに触るとはげてしまうので、しばらく放置した。取説には完全に乾かすように書いてあったので、30分ほど放置。肌に美しいバラの絵柄が浮かび上がった。

サポーターの日の丸と同じ


 考えてみれば、サッカーワールドカップやオリンピックで、ほっぺたや肩などに日の丸を貼り付けているサポーターやファンの姿を見かけるが、あれと同じだ。ハロウィンで顔につける傷跡もタトゥーシール。子供たちでさえつけており、ある意味、タトゥーシールは市民権を得ているようだ。入れ墨とは別物として。

インスタでも人気

貼るだけでセクシーに


 もっとも、貼り付ける部位については、さすがに人目につくところに付けるほど度胸はない。通常は見られないところ、たとえば胸、ブラとの境目付近、あるいは太ももの内側。これなら見られるのは特定の相手だけ。胸元はともかく、内ももなら、温泉や公衆浴場でも見られずにすみそうだ。
 貼り付けてみて分かったことだが、その姿はかなりセクシーだ。胸の場合、小さなバラの絵を貼り付けただけなのに、胸元からちらりと見えるだけで何か誘っているような感じさえする。内ももに至っては、吸い込まれていくような感覚に襲われる。冬にかけて露出が減る間は、お尻や腰、背中などいろいろ試しても面白そうだ。

1週間で消えた


 せっかくのシールタトゥーだが実は1週間ほどで消えてしまった。特段ゴシゴシこすったわけえもないが、100円商品、その程度のものだろう。消えなければ消えないで、困ってしまうものだし。もちろんアレルギーの心配がある人にはお勧めはしないが、ちょっとしたセクシーお遊びとしてしばらく楽しめそうだ。

2018年9月23日日曜日

PC廃棄免れた 店員の一言で救われる

 安物買いの銭失いというか、なぜか持っている物が1年をちょっと過ぎたぐらいで壊れていく。デジカメ、タブレットPC、キャンプ用の折りたたみいす。中には安くない物もあるのだが。さて、今回はすんでのところで、壊れる→廃棄を免れたお話。ほとんど絶望的だったのに、店員の軽い(というかてきとー)一言に救われたという顛末だ。

マウスのタブレットPC これまでもトラブル続き



 壊れかけていたのは、マウスコンピューターのタブレットPC。これにはいろんな出来事があって、2017年に購入したものの、半年もたたないうちに、トラブルで猛烈に混み合った電車の中でバックに入ったまま液晶が割れ、カーソルにあっちに飛んだりこっちに飛んだりするようになっていた。購入店に持ち込んだが、物理的な破壊は1年保証の対象外と言われ、修理費が購入と変わらないため、押し入れの片隅に。仕方なく同タイプの後継機を購入した。



新しい方が先に昇天


 ところが、後継機も悲しい顛末に遭う。ウインドウズ10を更新しようとして、あれこれやっていうるちに壊れてしまったのだ。理由はよく分からないが、メモリーが少なすぎるため「外部記憶装置の接続を」と指示され、外付けハードディスクだのUSBだの、SDカードだのいろいろやってるうちに動かなくなり、購入店に持ち込んだら、やっぱりアウト。しかもギリギリ1年の保証期間を過ぎていて、結局廃棄。

タブレットPC昇天、ウインドウズ10更新中

フリーズ、電源も切れない


 再び押し入れから持ち出してきたのが、このタブレットだった。取りあえず動く。秀丸エディターで文書を書いていると、突然、バックスペースが動き出し、すべての文書が消えるという恐怖の瞬間があるが、こまめに保存するので何となく使えているのだ。

 ところが、8月のある日、会社で開いていて、いざ使おうとすると、フリーズしてまったく動かなくなった。電源を切る方法もなく、ウインドウズ10のリセット機能にも反応しない。画面がついたままでどうにもならなくなった。またまた廃棄かと呆然。まあ1機2万円ちょっと。2台分でも4万円ちょっとだから、仕方ないかとほとんどあきらめていた。

ダイレクトショップで強引に見せる


 その日、実は保証期間1年が過ぎたばかりなのに故障してしまったパナソニックのデジカメを修理するために、秋葉原にある「秋葉原LUMIX&Let's note修理工房」に出かける予定だった。パナでは「デジカメは基板が壊れており、修理代10800円」と言われ、悲しい気分で秋葉原を歩いていると、マウスの黄色い看板が見えた。

 「秋葉原ダイレクトショップ」があったのだ。そこで立ち寄り、相談すると、こちらは修理はやってないと店員さん。修理までいかなくても何とか直せないかと、画面がついたまま、うんともすんとも言わないPCを強引に見せた。

「電源切れればシャットダウン」


 店員さんは困ったような顔をして電源を切ろうとしたがやはり動かない。電源が切れないことを確認し、彼が言ったことは「電池が切れればシャットダウンする。そのときに立ち上がるかどうか」とアドバイスをしてくれた。そりゃそーだ、シャットダウンはするんだあ。若干、希望がわいてきた。

結果的に適切なアドバイス


 画面がついたままのタブレットを持ち帰り、3時間後、電池はついになくなりシャットダウンした。おそるおそる再びスイッチを入れると、問題なく作動し始めた。結果的には「適切」なアドバイス、ありがとう。感謝感謝だ。

 ついでに言うと、その店員さんはこうも語った。そのタブレットPCは、スマホに毛が生えたようなCPUを使っていて、ばかでかくなったウインドウズ10を走らせるには、かなり無理があると。フリーズの原因もそうかも。しっかし、マジいろんなことがあるタブレットPCだ。

2018年9月21日金曜日

すずさんは生きとったんじゃね この世界の片隅にが終わった

カープ応援は左手で


 この夏のTBSドラマ「この世界の片隅に」が終わった。ラストシーンでは、なんとすずさんが生きており、カープ女子になっていた。白髪の女性の「負けんさんな」とすずさん(松本穂香)の「負けんさんな、広島」がオーバーラップしたので、そうかなと思っていたが、たまたま録画していたビデオを再生すると、黒田のレプリカユニフォームを着た女性は左手だけを上げて応援していた。右手を失ったすずさんとぴったり重なる。広島の復興の象徴であるカープをラストに持って行く。まあ、ある意味分かりやすい。今年もカープが快進撃を続け、連日マツダスタジアムが満員になっているという面もある。もし、敗戦が続き球場がらがらだと、そうもいかなかっただろう。

TBS「この世界の片隅に」から

93歳、元気な女性はごろごろいる


 映画を見て、そして漫画の原作を読んだときから、すずさんってどうなったんだろうと気になっていた。原作を読む限り、1943年(昭和18年)に18歳で嫁に来たすずさんは1925年ごろの生まれ。今年93歳か94歳だろうが、90を超えた女性など、我が周囲にはごろごろいる。それも元気で歩き回っており、カープ女子になって、マツダスタジアムでスクワット応援をやっていてもちっともおかしくない。さすがに夫の周作は生きてはいないだろう。残念ながら、その年齢の男を見ることは滅多にない。

妹のすみちゃんは?


 拾ってきて養子にした原爆孤児の女の子もどうだったのだろうと思っていた。生き残ったとはいえ、相当量の放射線を浴び、放射能を体内に取り込んでいる。髪の毛が抜けたり激しい下痢になったりしたこともあるはずだ。彼女の年齢は終戦時2つぐらいなので、1943年ぐらいの生まれ。今年75歳ぐらいか。とすると、ドラマの香川京子の方がもっと年上かな。

 妹のすみちゃんもどうだろう。爆発で届く熱線や爆風、強烈な放射線は免れている。しかし、母親を探すために広島市内を歩き回ったことで、放射化したさまざまな物質、原爆の放射性降下物からの放射線を浴び、放射能を体内に取り込んだ。手にできたあざは急性放射線障害で骨髄が一時的に機能を失い、血小板が作られなくなったことにより、内出血が起きていたのだろう。おそらく下痢など症状も。ただ、その後の食糧事情によっては生死は変わったような気がする。食事がある程度とれれば、体力が回復する。すずさんの祖母はノリを作るなど生産者であり、ある程度食料はあったのではないか。とすると、彼女も生き残った可能性もある。

枕崎台風で死者多数


 そんな彼女たちの戦後も気になる。広島では原爆で家族全滅のケースが続出。郊外から入ってきた人たちが、勝手に土地に線を引いて自分の所有を主張し、家を建てたり、店を構えたりしたことがまことしやかに語られている。呉は原爆こそ落ちてないが、海軍の拠点だっただけに激しい空襲で焼け野が原になっていた。
 そこへ追い打ちをかけるように昭和20年9月、枕崎台風が広島や呉を襲い、合わせて死者行方不明3000以上。坂の上の住居が多い呉市は土砂崩れで相当数が死んだ。猛烈な雨が放射能を洗い流したとの声もあるが。

続編は難しい、でも知りたい戦後のすずさん


 そうした強烈な体験をすずや周作がどう生きていったのか。周作がちゃんとしたサラリーマンとなり、平穏無事に戦後を過ごした可能性もあるけど。2人の間に子供はできなかったのかな。いじわるでとっても優しい周作の姉は。尾野真千子という強烈な個性の女優が演じただけに、結構、気になるのだ。
 続編を書くことなど、あまり意味はないかもしれない。戦争中の強烈な体験に比べれば、大したことはないはずだから。でも、そんなファミリーヒストリーはとても気になっている。

2018年9月19日水曜日

安物買いの銭失いだったのか キャンプ用折りたたみいす

 キャンプ用の軽量折りたたみいすで、ヘリノックスというメーカーのチェアワンというタイプが欲しかった。最低でも1万円を超える高価な品。タイプやブランドを選ばなければ、ホームセンターでいすは1500円ぐらいで売っている。キャンプが趣味にはなっていない、どころかこれから行こうと思ってる段階。さすがにもったいないと思い、アマゾンで口コミの評価が比較的いい同タイプのいすを買った。

 FIELDOORポータブルコンパクト アウトドアチェア4380円。

 3分の1の値段だった。届いてすぐ組み立てた。軽くて、しっかりした感じを受けた。そして使わないまま1年が過ぎた。2018年の夏、ビーチで使った。座ってみると、いすはゆがみ、ちょっとバランスを崩すと横倒しになった。倒して上から見ると、菱形だった。これではふつーに座るのは無理と判断、結局、チェアワンを買う羽目になった。安物買いの銭失い。うーん、ちょっと悲しい。


類似品、買った当初は問題なく


 ヘリノックスが開発したという、このタイプのキャンプいすは重量が1キロもない上、パイプが接合部がロープでつながれているため、きわめて簡単に骨組みが組み立てられる。ただ、背中や座る部分となる布を取り付ける際は、少々きつめで女性や子供の力では結構、大変な感じもする。とはいえ、この布がセットになって構造が形作られるので、ゆるゆるというわけにもいかないのだろう。

 最初購入したFIELDOORのいす。初めて組み立ててみて、簡単なのにはびっくりした。手先は不器用で決して要領はよくないのだが、ものの2、3分もかからなかった。しょせんはパイプと布のいすのためか、安定性はそれほどいいとは感じず、ゆったり度合いは少ない。モンベルなど販売店舗の店頭で座ってみたヘリノックスのいすと比べても、それほど違和感は感じなかった。

ゆがんで横倒し 横バーまっすぐ入ってない


 これは使えないと思ったのは2度目の夏を迎えた今年。ビーチに出かけた際に座った。ちょっと砂浜が斜めだったこともあるが、何度座っても傾いてしまう。バランスを崩し横倒しになりそうなケースさえあり、結局、荷物置き場にするしかなかった。

 調べてみると、構造の中心とも言える横バーのうち、片方の差し込み口が少しゆがんでいるのだ。組み立て後すぐの段階では、地面と平行のように見えた。ところが、一度座ると、やや斜めとなり、後ろから見ると、いす全体が斜めに傾き菱形っぽくなっていた。体重が重くて負担が大きすぎたかもしれないが、耐荷重100キロと説明されていた。私の体重80キロなら十分耐えられるはずだろう。

チェアワンに買い換え


 同社の製品は「全品1年修理保証」となっていたが購入1年を過ぎており、「もはやここまで」と判断。本家本元ヘリノックスのチェアワンをさっさと買った。
 前のいすで組み立て方は憶えているので、チェアワンはすぐに組み立てられた。布を張る際も、ややパイプを穴に入れるときにきつめだったが、前のいす同様だった。

 
 組立てて後ろから見る限り、横バーの差し込み口のゆがみはない。しばらく座っていたが、ゆがんで横倒しになることもなかった。もちろん、座ってやや不安定に感じるのは前と同じだ。

キャンプ座卓にも


 今後、チェアワンが値段通り、ゆがむことがなく形が安定し続けるかは未知数だ。購入店の店員によると、チェアワンの類似品を買って、ゆがんだために本家を買いに来るのはよくあるケース。大きな違いはパイプの強度で、チェアワンほどの軽さで同じ強度が保たれるパイプを開発するのは難しいという。

  ところで、この店員さんは面白いことを教えてくれた。「前の方の脚を倒すと座卓になるんですよ」と。やってみると、確かに座いすだ。キャンプで芝に座ったときなど、すごく役に立ちそうだ。
 ちなみに、ヘリノックスは1年保証などはついていなかった。


2018年9月16日日曜日

ボリューム満点、真鶴でめちゃ美味しい煮魚定食

 予期せず美味しい物が安く食べられたりすると、何だか嬉しくなっちゃいますよね。思わず「当たり」って声が出たりして。久々にそんな経験をしたのは神奈川県・真鶴の漁港近くの食堂でのできごと。金目鯛丸1匹が乗ったボリューム満点の煮魚定食がすごかった。


8年前に入った漁港の食堂街


 8年前、たった一度だけ訪れた真鶴。高台から三ツ石を眺めたりして、ランチに向かったのが、真鶴の漁港沿いに並ぶ料理店や食堂でした。料理旅館風の店頭で値段を見ると、3000円前後。観光地とはいえ、1人ランチでは高すぎるとパス。しばらく歩くと、「魚座」といういかにも公共的なレストランを見つけましたが、こちらもメニューを見ると2000~3000円台。それほどお腹もすいてないのに、と辺りを見回すと駐車場を挟んだ向かいに数軒の食堂が並んでました。

 こちらは1000円台のメニューが並びますが、料理旅館風ほど趣もなく、魚座ほど新しくもなく。古い食堂という雰囲気でした。どう見ても地元相手の店。ちょっとの入りにくさを押し切って、うち1軒に入り刺身定食を注文すると、カウンターの中のおやじさんが、さくを一切れ一切れ切り始めました。

 そのときの様子はこちら。

リーズナブルにとれたての魚

店の名前は朝漁亭 丼でした。


今回はお隣の食堂に


 そして今回は、そのお隣の店「宵」に入りました。若手の店主、その奥さんとお母さんらしき女性の家族3人でやっているお店のようでした。テーブルが3つほどとカウンター。隣のスペースも席があるほか、外にもテーブルが2つか3つ出ていました。朝漁亭は「海女食堂」と名前を変え、元気そうな若く日焼けした女性が1人で切り盛りする店に変わってました。彼女は海女さんなのかな。

金目鯛、丸ごと1匹が煮付けに


 「宵」の店頭の看板に、おすすめは煮魚定食とあります。最近、食ってないなあ、と待つことしばし15分ほど。小鉢に続いてどーんと出てきました。なんと金目鯛の煮付け1匹という豪華版。周囲を飾るのはカンパチの切り身、イナダのカマ。ランチなら、それぞれが単独でおかずになりそうなボリュームです。

 なんとなくもったいなくて、油がのったカマから食べたりして、さらに切り身。少しずつつまみながら、金目鯛に向かいます。ちゃーんとダシがしみていて美味しい-。もちろん生臭みなんてまったくゼロです。ご飯がどんどん進みます。味噌汁も美味しー。


肉厚の背中、一番美味


 特に金目鯛の頭の後ろ、背中側というか、ここは肉厚でホントに美味しい。ボリュームもあるし。この量だから、食べても食べても、なかなか減りません。ご飯も足りないかなと思ったけど、全くの杞憂でした。煮魚だけでとにかく満腹になります。お値段は1400円なーり。料理旅館風の半値ほどの安さ。金目鯛1匹の煮付けなんて、東京で食べればいったいどんな値段になるか想像もつきませぬ。

ドライブのついでに


 車でなければビールだけど、煮魚定食のために電車で真鶴まで行かないわなあ。ドライブついでのことだから。でも、真鶴、湯河原方面にお出かけの機会があったら、ぜひお立ち寄りを。例によって、西湘バイパスを降りた先の石橋付近では行きも帰りも渋滞。あれさえなければ、もっと行くのに。ちなみに小田原厚木道路、東名、みーんな渋滞でした。新東名と湘南バイパスの先、早くつくってくれー。

2018年9月15日土曜日

上場2日で株価が倍、NY上場の中国・蔚来汽車

 日本の証券市場でハイテク系の新規公開株(IPO株)は上場時、とんでもない初値をつけることが多く、抽選など公開前のゲットはほとんど不可能に近いが、上場時にはふつうに買え、翌日に70%を超える株価上昇が起きた銘柄があった。最初に買った人は、なんという儲け。さすがにびっくりしたのではないか。といっても米国株、ニューヨーク市場での話だけど。 

初日は6ドル台


 上場したのは中国の電気自動車(EV)ベンチャーの蔚来汽車(NIO)。中国は政府の補助金に支援され、世界最大のクリーンエネルギー自動車市場に浮上する中、同社は中国版の米テスラとして注目を集めていた。その一方で、本家本元のテスラ株の乱高下や世界的な貿易摩擦、蔚来汽車の製造能力など投資家の不安の声もあり、IPO価格を仮条件レンジの下限付近6・26ドルに設定した。9月12日上場の初値は6ドル。一時5・35ドルまで下落した後は持ち直し、終値は6ドル台。静かな幕開けだった。蔚来汽車はこの上場で、約10億ドル(約1110億円)を調達したことになる。
 

2日目は76%上昇、時間外はとうとう倍


 ところで、上場2日目の13日、状況は一変する。日本時間の午前0時ごろ、何気なく米国版Yahhoファイナンスのリアルタイム株価表示を見ていたのだが、とにかくどんどん上がっていく。6ドルだったものが、7ドル、8ドルと上昇。IPO株なのに上場後上がるなんて米国株は違うのかしら、と不思議な感じがしながら寝てしまった。

 翌朝見てびっくり。株価は13日は一時92%高まで買われた後、11・60ドルで終了した。76%もの値上がりだ。感覚的には2日で倍と言っていいだろう。さらにすごいのは時間外取引で13・40ドルと完全に倍以上になっていた。10%も上がれば、ストップ高と大騒ぎするのに、倍ってなによ、それって思わずため息が漏れた。夜の時間帯なら100株買っても7、8万。何も考えず買っておけば、それだけで大もうけだったのに、後悔しきり。


これがテンバガー?


 もっとも、IPO価格6・26ドルにはちょっと違和感を感じていた。1株100ドル以上もするアップルやフェイスブックなど米国株の値段の高さを普段、見ているだけにいくら中国株でも6ドル台はないだろうと思った。それに、政府支援がかなりのレベルで期待できる中国のことを考えると、もっとIPO価格を高値にしてもおかしくなかったはずだ。

 さて、今後はどうなるのか。投資家の間で株価が10倍になることをいうテンバガーが話題なるが、もしかしたら、この会社の株こそ、そうなるのような気がしている。
 上場3日目の14日は乱高下しているものの、日本時間15日午前0時までで、一時12ドル台になった。

2018年9月7日金曜日

どうした陸上競技の日本女子 アジア大会、超不振

 例年ならNHKのBSが録画中継するぐらいでほとんどライブで見られなかったアジア大会をTBSがほぼ2週間近くゴールデンタイムを中心に生中継した。そこで気になったのが、陸上競技の日本女子の不振ぶりだった。池江の活躍などで勢いを増す水泳陣など、各競技の強化が進む一方で、予選落ちが相次いだ。アジアレベルでこの実力だと、五輪レベルでは勝負どころではなく、参加の意義さえ疑われる。あらゆるスポーツの基本ともいえる陸上競技の不振。日本の女子スポーツ強化策のいびつな構造が浮かび上がってくる。

褒められるのはマラソン銀メダルぐらい


 出足はまずまずだった。女子マラソンで野上恵子が銀メダル。優勝のバーレーンのローズ・ケリモは昨年の世界選手権の覇者であり、最初から勝負はついていた。ただ北朝鮮、韓国、中国といつもなら競り合って敗れる国の選手を振り切っての2位だった。だからといって、アジア大会でものすごいタイムを出し、シドニー五輪金につないだ高橋尚子とは比べるべくもないが。

2017年スーパー陸上の福島千里

福島千里の不振が連鎖


 不振は大会前半、女子短距離のエース福島千里の予選落ちから始まった。8年前の広州アジア大会で日本女子選手初の100、200短距離2冠を達成した彼女も30歳となり勢いも衰えたのか。足の故障もあったようだが、不振の連鎖はなぜか短距離2番手の市川華菜にもつながり、100は準決勝に進んだものの、12秒台というインターハイでもみられないような記録で敗退する。

 かつてはアジア大会でのお家芸だった長距離も同様。1万メートルの堀優花は入賞といってもぎりぎりの7位。5000メートルの鍋島莉奈は一時、先頭を引っ張るなど検討したものの、優勝したBEFKADUのペースアップにはついて行けず、後方からの追い上げでやっと4位。

4×400リレー、専門ランナーが0


 ハンマー投げ、競歩、5種競技で銅メダルが取れたが、常に上位入賞を果たしてきた400リレー、4×400リレーはともに5位に終わった。400は福島不在というハンディはあったが、4×400は、400専門のランナーでメンバーは組めず、3人が800専門、残り1人も400ハードルの選手。ベトナムにも後れを取った。この結果、2014年の仁川大会で銀5、銅5を獲得したのに比べ,銀1,銅3とメダルの数を減らした。


中東のレベルアップはあったけど


 バーレーンやカタールなど中東各国がアフリカから有力選手を獲得し国籍変更させて出場させる傾向が強まり、レベルが上がったとはいえ、明らかに2014年当時と比べ,日本選手のレベルは落ちている。
 以前から不思議に思うのだが、インターハイで好記録を出した女子選手が,大学社会人と年齢を重ねるごとにタイムが落ちていく姿をよく見ることだ。特に短距離選手に多く、まっすぐ成長していったのは福島千里ぐらい。2013年日本陸上400で、高校生ながら日本歴代2位となる52秒52で優勝した杉浦はる香などその後、消えてしまった選手は多い。

高校生で消えていく


いくら女子は成熟が早いといっても、高校生の時がピークなんてことはあり得ない。指導法がどこか間違っているのか、彼女らがモチベーションを失うような何かがあるのか。一時期に比べてレベルは下がったものの、長距離は実業団になって成長していく選手はいくらでもいる。2020年の東京五輪に地元開催で優先的に出場できる日本選手が、世界とかけ離れたレベルで敗退していく姿はあまりにも悲しいのだ。

2018年9月6日木曜日

H&Mの日本進出1号店が閉店していた 

 8月下旬に銀座の中央通りを歩いていて景色にどこか違和感を感じた。ヤマハ、H&M、ZARA、ラオックスあたりはいつも中国人観光客がたむろしていて、「あ」、H&Mが閉まっている。近づいてみると、黄緑というか若草色というか色がついたガラス張りのドアがしまったままで、7月16日で閉店したとの張り紙があった。


ユニクロ以上のインパクト


 H&Mが日本撤退なんて話は聞いてないけど、日本で最初にできた店舗をつぶすかと、ちょっとびっくり。7月初めごろ、中に入った記憶はあるのだが、まさか銀座からいなくなる日が来るとは予想だにしていなかった。海外の商品がこんなに安く買えるとはと、オープンしたころ、ユニクロ以上のインパクトを感じたブランドだった。

狭さと家賃の高さ


 ネットで調べてみると、7月中に銀座閉店をめぐるたくさんのニュースが流れていた。それによると、4フロアで約1000平方メートルしかない小型店で、新宿や渋谷並みの商品展開ができず、昨年4月にギンザ シックス(GINZA SIX)が開業し人の流れが変わったこと、日本で一番家賃が高い銀座でリーマン・ショック直前に契約しなおさら高家賃だったことなどが閉店の要因と書かれていた。

プレゼントに最適、とっても安価


 オープンした2008年9月当時は九州に赴任中だったが、帰省した際に立ち寄り、おしゃれな女性用品がびっくりするほど安い値段で売られていることに驚いてた。飲み屋のおねーさん用にセクシーなドレスとかを買ってプレゼントした記憶がある。500円とか800円とかの値段で、300円の物もあった。下心はいっぱいだったが、プレゼントして相手にされなくてもまったく気にならない値段の物ばかりだった。
 当時、通販もなく、九州の女性たちにはかなり遠い存在。「実は」と値段を明かしたときには、「えっ」という顔をしていた。

アウトレットにも出店


 あれから10年、H&Mは東京の近郊ターミナル、政令指定都市レベルでは普通に見られるようになった。広島では今年オープンしたアウトレットに初出店。元々安いのに、さらに安い値段で売っていた。
 日本のファンションの中心地としてH&Mはできるだけの銀座への早期復活を企画しているようだ。若い女性向けというのイメージも、本国スウェーデンでは老若男女向けのいわばユニクロのような位置づけになりつつあるという。次にオープンするとき、どんな賞品ラインアップになっているのか楽しみでもある。


銀座のあの場所は?


 ところで、H&Mのある場所は最初に書いたように免税店のラオックスがあることで、銀座の中でも特に中国人観光客が多い場所。すでに中国に進出しているはずなのになぜ?と思うぐらい、店内は中国人の姿が目立った。とすると、後に入ってくる店も、免税店がらみになっちゃうのかなあ。

2018年8月30日木曜日

面白かった「カメラを止めるな」みんな見てとしか言えないけど

パクリがあろうとなかろうと


 ちまたで人気の映画「カメラを止めるな」を見た。面白かった。2年前、長期療養を終えて、月に1、2度ぐらい映画を見るようになったが、その中でも一番面白かった。映画が終わって「面白かったね」と話しながら、劇場を出て行く観客の姿を久しぶりに見た。映画館に出かける直前、テレビのワイドショーでパクリ問題が起きていることを知ったが、そんなあちら側の話はともかく、素直に楽しめた。

 基本的な情報として、監督&俳優養成スクールのプロジェクトとして2017年制作。SNSで評判となり、すでに180館以上での上映拡大が決まり、大ヒットが続いている。制作費は300万円の超低予算。自主映画に毛が生えたようなものだ。


 ここからはネタバレご注意。


謎解き、いや楽屋落ち


 それにしても、こんな面白い展開、よく考えついたものだ。冒頭の37分ワンカットのゾンビ映画。途中、何だか不自然なことがいっぱいあったが、その理由が明かされていくとき、ホントに笑え、ホントに楽しかった。どんな映画、ドラマでもそうだけど、なんか分からないけど気になることがあって、その謎が、いや楽屋落ちが解き明かされていく過程って、ワクワクする。その気持ちを、すごくつかんでいる。あの37分がホントにワンカットだったかは、この際、どーでもいい情報。
 

誰1人知らないけど、出てきそう


 役者陣もなかなか。誰1人見たことがない人たちだったが、関西弁のプロデューサー役の竹原芳子の怪演、監督役の濱津隆之、その妻役のしゅはまはるみ、みんな好演、いい味を出していた。中でも監督の娘で映画制作者の卵役の真魚は、こだわり派で突っ張り系のおねーちゃんがぴったりはまっていた。皆さん、これからテレビや映画にどんどん出てきそうな予感。監督、役者らのエネルギーが一挙にわき上がっている感じを受ける。

舞台じゃ、あれ無理でしょ


 そういう意味で監督の上田慎一郎も今後、メジャーに出て行くすごい才能の持ち主の可能性がある。とはいえ、「原案」となった舞台の演出者からパクりと言われることには、今後の活躍のことを考えると大きな足かせになりそう。もっとも、同じような筋立てだったとしても、舞台で映画と同じことをするのは不可能。後半の謎解き、楽屋落ちは映像だからなせる技。クレーン代わりの人間ピラミッドは映画ならでは。何だかむなしい戦いに見える。仲立ちして話をまとめるプロデューサーがいたらいいのにと思う。

とんがって角張って


 映画の作りはかなり荒々しい印象を受ける。洗練された作品とは言えないだろう。ただ、「万引き家族」など最近多い、テレビ局とタイアップした作品が、「とんがったり」「突っ張ったりすることが少なく」まるでテレビドラマを見ているような印象を受けるのに比べ、すごく角張った感じがした。映画って元々そんなもの。作り手側のこだわりが時に大ヒットを呼び、時にブーイングを呼ぶ。そんな博打のような世界ではないかと思ってる。子役の親をしかりつける真魚のような職人気質。

 

2018年8月27日月曜日

印象に残ったのは風吹ジュン、映画「蘇える金狼」

 成田三樹夫、小池朝雄、草薙幸二郎、岸田森、佐藤慶-みんな怖い顔していたなあ、つくづく思ったのが何カ月か前、NHKBSで映画「蘇える金狼」を見たときのことだった。大藪春彦原作、松田優作主演、村川透監督作品という、実力派をそろえた映画。1979年というから、あの時代の映画だなあととても感慨深い。

 でもあの映画で印象深いのは松田優作でもなければ、怖い顔のおじさんたち、妙なチンピラ役の千葉真一でもない。今やNHK朝ドラ「半分青い」で死んだおばあちゃん役の風吹ジュンだろう。公開当時、27歳ぐらい。いわば清純派としてイメージが強かった彼女が、松田優作と激しいベッドシーンを演じ、バストトップまで見せていたからだ。

 当時の女優さんは、ホントによく脱いだ。ただし、風吹ジュンの場合、スレンダーボディからは想像できないような豊満なおっぱいをしていたが。ただし、釣り鐘風ではなく、ちょっと扁平だったけど。



バストトップ、騎乗位、バック


 映画は昼間はうだつの上がらないサラリーマンの松田優作が上司の悪事を巡って暗躍し、ひと儲けを狙うというストーリー。風吹ジュンは、冒頭に示した怖い顔軍団の1人、成田三樹夫の愛人の永井京子。松田優作はおとぼけキャラを装って近づき、媚薬か麻薬を仕込んだタバコを吸わせて、欲情を高まらせ体をものにする。

 ホテルに入った2人。全裸の京子は松田優作に駆け寄り、お姫様だっこでベッドに。正常位から騎乗位のシーンでカメラは真上から乳房をとらえる。一夜明けたと思われるシーンでは、ガウンがはだけてで乳房が見える姿で薬入りたばこを吸う京子を松田優作がバックで突くシーンも出てくる。セクシー女優そのものだ。といってもそのシーンはわずか1、2分しかない。エロいシーンを短時間に詰め込んだという演出だ。ただ、そのシーンの印象はかなり強烈だった。



あのころ、女優さん、ホントによく脱いだ


 舌足らずの話し方に童顔。あのころの女優の流行だったのか、桃井かおり、秋吉久美子、関根恵子、森下愛子。今思えば、どこか似た雰囲気がある。いずれもすごく色っぽかったりセクシー女優というイメージはないものの、ビキニやバストトップだけを隠した中途半端なヌードになる前に、一気に脱いだというイメージが強い。彼女らより少し年下のアイドルたち、山口百恵や森昌子、キャンディーズやピンクレディは全く違った育ち方をしたこともあるのだろう。

脱ぐことが必然性?


 というか、体を見せることを厭わなかった世代ともいえるかも。決してプロとは言えない前衛の学生演劇をやっていた知り合いの女子学生が、大学祭の舞台でいきなり脱ぐという出来事があった。いわば、演出上の必然があれば脱ぐのはふつー、という考え方。しかしこれままた奇妙な話で、脱ぐことが必然性などいうのは、明らかに一方的な見方で、そんなものはいくらでも変えることができるはず。

 とはいいつつ、美しい女優さんのヌードはやっぱり嬉しい。風吹ジュンはその後、世界的なフォトグラファー、デイヴィッド・ハミルトン撮影によるポスターで大胆なヌード写真を披露。しばらくの間、セクシー女優としても活躍した。時を経て、彼女はきれいなおばあちゃん役が当たり役になった。時間の過ぎるのは早いものだ。